僕らの未来はすでに過去のものだった

ブレードランナー 商品イメージブレードランナーのシド・ミードとリドリー・スコットによるスケッチがフリーで公開されていたので紹介します。

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ブレードランナーをいつから好きだったのか定かではないが、92年のディレクターズ・カットは名古屋駅にあるマイナーな映画館に見に行った。しかも友達と3人で見に行ったから、他の2人の現在のサブカル具合を知りたいところだ。

なぜ、こんな小難しい、ハッキリ言って子供には理解できない映画を中学から好きだったのかと言えば、ズバリ、この世界観にはまったのだろう。

ハリソン・フォードは文句なく格好良いしショーン・ヤングも美しい。未来都市には日本語が溢れていて親近感が湧いたし、酸性雨などもリアルに感じた。ヴァンゲリスの音楽にもしびれた。深い意味は分からずとも全体を覆うアダルトな雰囲気が中学生の心を掴んだのだと思う。

スケッチブックに話を戻すと、まず、ひとつの映画でこれだけの設定資料が必要なんだという点に関心する。最後らへんの日本語看板はご愛嬌として、やはりシド・ミードの色褪せない才能が光る。車のデザインなどは、いま見ても未来を感じる。

未来を感じるデザイン。これは世代によって恐らく違うのだろうが、私にとっては85年のつくば万博(国際科学技術博覧会)が未来の象徴だった。当時の少年誌に載っていたパビリオンの外観は、ディズニーランドのスペースマウンテンのような、白を基調にした球体やピラミッドなどの幾何学的な形、そこには秩序や合理的な印象を受けた。

このようなデザインをモダンデザインと呼ぶ事は、ずっと後になって知った。モダン=近代のデザイン。私が感じていた未来とはモダニズムだったのだ。

シド・ミードの車はモダンな印象を受ける一方、彼らが暮らす都市はカオスを極めている。本来ならば手塚治虫のマンガに出てくるような超高層ビルやその合間をぬう空中道路だったり、映画「ガタカ」のような秩序を感じさせる都市のはずだ。「2001年宇宙の旅」や「時計じかけのオレンジ」のように、ブレードランナーの世界がモダンなデザインに溢れていてもおかしくない。

実は私の幼少期である80年代はポスト・モダン(モダンの次という意味)の時代とされ、秩序だった機能的な未来なんてのはおとぎ話で、実際はもっとカオスになるのよ。ってな事に世界が気づき始めた時代だったのだ。だからブレードランナーの世界ではカオスな街並みにモダンな車が走っていたのだ。

モダンがポスト・モダンに切り替わって行く様は、映画の最初に表示される配給元の映像でも分かる。キューブリックで見てみると、

ロリータ Lolita (1962年)

博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb (1964年)

ここまでは伝統的なスタイルで格調高い。「2001年宇宙の旅」は文字のみだが、この感動の日の出のために、演出的に暗闇の溜めが必要だったので仕方が無いとも言える。このあたりからモダニズムが始まる。

2001年宇宙の旅 2001:A Space Odyssey (1968年)

時計じかけのオレンジも赤バックに白文字だけという非常にシンプルな構成。

時計じかけのオレンジ A Clockwork Orange (1971年)

バリー・リンドンとシャイニングでは、ワーナーのロゴがシンボリックになり、まさにモダンデザインとなっている。

バリー・リンドン Barry Lyndon (1975年)

シャイニング The Shining (1980年)

そして装飾豊かな伝統的スタイルへと回帰する。CGによって豪華になったロゴこそモダンの次と言える。

フルメタル・ジャケット Full Metal Jacket (1987年)

アイズ・ワイド・シャット Eyes Wide Shut (1999年)

こうして並べてみると、オープニングに関しては「2001年宇宙の旅」が別格だなと思える。もし劇場で見ていたら衝撃だったろう。

そしてこれは「ロリータ」のころのMGMライオンの撮影現場。すごい迫力。

私がずっと感じてきた未来のイメージとは「モダニズム」だったわけだが、時を同じくしてモダニズムは崩壊しポスト・モダンとなっていた。幼少期の未来とは、まさに今な訳だけど、モダニズムが感じられるデザインって、まだ生活臭を感じないもんね。

なお、映画の配給元でモダニズムを比較するアイデアは、

からもらっている。興味のある方は是非。

 

 

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