許されざる者

高い評価を受けているクリント・イーストウッドの1992年の西部劇。西部劇というジャンルは特に面白いと思えず、あえて見ようとはしてこなかったんだけど、ようやく鑑賞。

クリント・イーストウッドの映画は単純な勧善懲悪では終わらず、善・悪それぞれに理由があるといった描き方で、綺麗な主人公じゃない場合が多い。

本作の主人公もその類にもれず、見終わった後に善悪について考えさせられる。

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時代背景は1880年ワイオミング州の小さな街で、街の治安を守っている保安官が、与えられた権力のせいで独裁的になっている。酒やドラッグよりも酔えるのは正義という言葉もあるように、正義の名のもとに暴走してしまっているのを街の住人も黙認するほかなく、街は保安官への恐怖によって支配されている。

この保安官をジーン・ハックマンが演じている。イングリッシュ・ボブという悪党との会話シーンはさすが貫禄がある。

主人公は亡き愛妻との子供の未来の為に、賞金首を殺して金を得ようとする。妻と出会う前は、理由なく人殺しをしていた札付きのワルだったが、妻によって改心したのだ。映画の始まりは、この残虐な主人公に、なぜか誰もが羨む素晴らしい妻が嫁いだという始まり方をする。

子育てを通じ命の重さを経験した今、人を殺すという行為は簡単ではなくなっている。賞金首の若者が主人公に殺されるシーンでは、じっくりと苦しんで死んでいく。ビートたけしの映画の暴力シーンのように、若者の死には苦しみや痛みが感じられる。

映画としての見どころは、クリント・イーストウッドとジーン・ハックマンの戦いという流れになる。保安官殺しをするわけなので、単純に考えれば主人公が悪になるが、保安官の圧政は殺されるに値するとも言える。

主人公は顔に傷のある売春婦にも差別をせず、等しく尊重できる人格を持っており、権力になびかず、己の正義に乗っ取って保安官殺しまで行える。亡き妻はその芯の強さと優しさを見抜いたのだ。

19世紀アメリカの自然の描写は美しく、これぞ古き良きアメリカ映画という感じで、第65回アカデミー賞 作品賞受賞も頷ける。

 

 

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