「気功」洗脳術

数日前から気功を体系的に学びたいなとアマゾンで気功関係の本を数冊購入。

苫米地英人も書いていたので、分かりやすく書いてくれてそうだなと思い最初に読んでみた。

苫米地さんは水道橋博士の番組で初めて知り、やや変人ではあるが、マルチな才能に加え、サブカルっぽい話題にも偏見がなく、分かりやすい言葉で説明してくれる所に好感を持ってる。

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流行りを意識するあまり、胡散臭い自己啓発本を大量に出しているが、実際に動画などで話を聞いてみると、人間性はともかくとして天才であることに間違いはなさそうで、私は結構信頼している。

そんなわけで「気功」洗脳術を読んでみた。ボリュームは少なく1時間程で読めてしまうが、回りくどさがなくストレートに本質を伝えており、中身は濃いなという感じ。

遠隔気功

私が気功に興味を持ったのは、数年前にネットで遠隔気功家に出会ったからだ。スカイプ会議を通じて音声で気功を送るという。当然かなり疑ってかかったのだが、実際に会議内でのやりとりを見ている内に、どうやら本当に存在するようだと感じ始めた。

本書にも遠隔気功についての実験が書かれており、著者の知り合いの気功家に、数キロ離れた患者に遠隔気功を送ってもらい、同時に2人をビデオに撮っておく。後にそのビデオを見てみると、同じ時刻の2人の動きが見事にシンクロしており、偶然の域を大きく超えたシンクロ率に信じるしかなかったという記述がでてくる。

もし仮に遠隔気功が本当だとすれば、人間がまだ見つけていない何らかの媒体を通し気が送られたわけで、著者の見解では、質量がある物質を媒介とすると光速の枠に捕らわれてしまうので、量子力学の量子化通信などにヒントがありそうだとまとめてある。

気功家が遠隔気功を送る相手を選ぶ手段として、当然識別番号などがあるわけもなく、思考で相手を思う以外にありえないわけで、頭に思った相手に気を送れるのなら、我々が普段誰かの事を考えたとしたら、微弱ではあるだろうが無意識に気を送っていると考えた方が良さそうだ。

気の本質は情報である

MACの日本語変換プログラム「ことえり」の開発者である著者は情報科学にも通じており、気の本質は情報であるという認識も面白い。

上の遠隔気功の例で、一体どのように気が送れたかのか?量子化通信なのか?のような考察は、科学的に興味深いが、本質的には別になんでもよい。媒体は何でもよくて、気が患者に送れて患者が元気になれば目的達成なのだ。つまり問題なのはそこに乗っかる情報。つまり気功とは、情報の乗せ方、伝え方の方法論なのだと解説。

気を情報だと仮定すると、次々に湧き出ている人間の思考には、気の元になるエネルギーが含まれており、思考を巧みに操れば、イコール気功術にも通じるという事になってくる。

情報空間にもエネルギーが存在する

気功の本質が情報。つまり思考とするならば、我々の思考には人を治癒するようなエネルギーが含まれているという事になる。

我々が生きている物理空間にはエネルギー保存の法則があり、ボールを重力に逆らって高く持ちあげると位置エネルギーが発生し、手を離すとボールは運動エネルギーに変換されて下に落ちる。これと同じように、情報空間にも位置エネルギーがあると言う。

思考の中では、高い抽象度から低い抽象度に落ちた時に、エネルギーが発生する。 抽象度を上げるためには、大きな思考エネルギーが必要なので、抽象度を上げた状態には位置エネルギーが内包されるという考えだ。

抽象度が高い状態とは、より高い位置から全体を俯瞰して見る事だったり、様々な問題の本質を見ぬく事だったりする。 サッカーを始めたばかりの時は、目の前のボールだけを追いかけるのに必死だが(抽象度が低い)、経験を積めば、自分を含んだグランドを上から俯瞰して行動することができる(抽象度が高い)。

抽象度が高くなるためには莫大な思考が投資されるので、そこには位置エネルギーが存在するというわけだ。 そして、情報空間において重力となるのは煩悩(欲)であり、空を会得した釈迦は最も高い抽象度の世界にいた。つまり最も強い気を出していたと。

この考えが面白のは、仏教の煩悩を重力と捉える所であり、科学と仏教の教え、そして気功を統合する所だ。

自分の疑問に対するヒントをひとつ落としてくれた。そんな本でした。

 

 

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