我慢で止める負のスパイラル

先日、知人があるトラブルに巻き込まれてしまい、貸したお金が返ってこないという相談を受けた。金額は約100万。職場の同僚に数回に分けて貸してしまい、貸した相手はそのまま転勤→退職して連絡がとれなくなった。

 

草の根分けても探し出す!

探偵などを雇って探しだし返金を迫るか、このまま泣き寝入るか。こちらの弱みとしては職場にその話がバレたくない為、貸した相手に返金を迫るとバラされる可能性がある。という点。

幸いにも、そのお金が緊急に必要という状況ではないので、私は泣き寝入りを薦めた。よくある話とは言え、当人の立場に立つと腹の立つ話だ。

私も含め、一般的に最初に思いつくのは復讐心だと思う。

今回の場合だと「返せ!このやろ~!」って気持ちで探偵などを雇い、探しだし、返金を要求する。探し出すのにかかったお金を上乗せするかもしんない。

相手にも事情があるだろうし、どんな人物かまったく分からないので決めつけてはいけないが、大人しく「はい、すみませんでした」となればよいが、「すいませんでした!でも実は今も大変な状況でして・・・もう少し何とかなりませんか?会社には言わないでおきますから!」となる可能性もある。

簡単に言えば、負のスパイラルを止める必要があったのだ。

 

なんでも我慢すればいいのか?

defianceは反抗的な抵抗という意

「ディファイアンス(Defiance)」という08年のアメリカ映画に、うろ覚えだが、こんなシーンがあった。1941年、第二次世界大戦中のベラルーシ。ドイツ軍は快進撃を続けておりベラルーシも占領下となる。当時はユダヤ人虐殺が行なわれていたので、ベラルーシでもユダヤ人狩りが始まる。狩りによって両親を殺されたユダヤ人兄弟は、なんとか森に逃げおおせ、仲間と共に暮らし始める。

あるとき、こちらに気づいていないドイツ兵を発見する。このままやり過ごす事もできる。そこで兄弟の意見が割れる。我慢して負の連鎖を止めるか、あるいは殺して復讐するか。「親を愛してなかったのか!なぜ殺さないんだ!この腰抜けめ!」という罵声が浴びせられる。

結果は映画を見てもらうとして、この場合さらに厄介なのは、その兵士が親を殺したわけではないので復讐の対象はドイツ軍全体になっており、兵士を殺したからといって気持ちが収まるわけではない。この復讐に終わりはない。

復讐するか許すかという選択肢が人生で現れたら、心は復讐を求めるかもしれないが、理性で抑えることが未来の為の賢い選択となる。すぐには許すことはできないかもしれないが、いずれ受け入れられる時がくる。だから取り敢えず許そう。

ちなみに「それじゃ、借りパクした方が得じゃん」と思うかもしれないが、簡単にお金や物が手に入ると、感謝する気持ちが削られていくので、心がどんどん沈んでいく「負のスパイラル」に入り、「幸せのスパイラル」からは遠のいていく。

それでも人生にイエスと言う

 

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