危険な万能感

指紋美達大和「人を殺すとはどういうことか 長期LB級刑務所・殺人犯の告白」の書評です。

LB級という言葉は受刑者のランクを表し、比較的軽い罪がA級、重い罪がB級で、B級でかつ懲役が長い場合にロングのLがついてLB級と呼ぶそうです。

著者は2件の殺人を犯し現在服役中の無期懲役囚です。獄中で執筆しているわけです。ネットでの書評も多く、発売直後は物議を醸したのでしょう。

 

不謹慎ではありますが、私は実際に殺人を犯した人間の思考回路に興味を持ちました。獄中での執筆というと資料も思うように見ることができないでしょうが、まるでそれを感じさせない文章力。知らない言い回しや漢字が沢山でてきました。関係者に対する配慮の深さ、語彙の豊富さなど、頭の良さがヒシヒシと感じられます。

前半では著者が二つの殺人事件を起こすまでが語られ、後半は他の受刑者について語られます。

 

なぜ頭の良い著者が人を殺してしまったのか?

本書では精神鑑定なども交え著者自身が詳細に自己分析をしています。細かい部分には触れませんが、どうしても必要な情報として著者の生い立ちをまとめます。

まず、不動産業で成金となった父(根性論・男気あり・暴力的)の影響が色濃く、犯罪までの流れは、英才教育→神童→父の事業失敗→苦楽の差を吸収→知力・精神力・忍耐力が高まる→父の影響でやくざ稼業にも手を出す→20代で年収数億を稼ぐ社長になるという感じ。

そして殺人動機を簡単にまとめると、誰よりも優秀な頭脳と社長という立場において、様々なルールを作り、常に模範であったが故の万能感により、法律よりも自分ルールの優先順位が上回り、ルールに従わず平気で嘘をつき謝罪もない被害者に対し部下の前で殺しを匂わせてしまい、言ったことは必ず実行するという自分ルール、および部下への示しを付ける意味も込めて殺す。

著者のこの思考は、行き過ぎなのは間違いないが、ある程度一人で仕事が回せるようになった人や、人を統括するポジションにいる人には理解できるのではないだろうか?

 

反省しない受刑者たち

後半の他の受刑者たちについては、著者は十分に反省しているが、ほとんどの受刑者は反省をしていない(もしくはできない)という内容で、おそらく著者の性格(非常に嘘を嫌う)的に、それは事実だろうし何となく想像もつく。しかし「自分以外は反省していない」という訴えは、感情的に、なんとも素直に聞きにくい。このあたりの著者について思いを巡らすと、同情する側面もあり感慨深い。

人を殺すとはどういうことか

もう一つ印象に残ったのは、あるヤクザ受刑者の殺しの話。そのヤクザの縄張りに生意気な男がうろつくようになり、組の仲間とリンチして殺すことになる。銃を突きつけ事務所に連れていき、包丁をふとももに刺して金属バットで全身の骨を折る。さらに耳も指も全て落としても、顔色さえ変えず一切詫びもしないし弱音も吐かない。逆に「まとめて切ってみろ、お前らに俺が殺せるのか?やってみろ!」と強いまま、数時間に及ぶ苦痛に耐えつつ、最後まで気持ちで反抗していたそうだ。

その人間離れした根性にショックを受け、殺した相手ではあるが、ヤクザとして大事な物を教えてもらったと畏敬の念を覚えているそうだ。状況を想像すると、自分には到底耐えられそうもなく、甘さを痛感する。

 

追記 12/01/12

著者は、周りの受刑者は一切反省をせず、のうのうと税金で生きている現実を見て、そのような者は早く死刑にした方が世の中にためになるし、著者が殺害した被害者も周りの受刑者と同じような思考回路だったため、殺した方が良かったのだ。と暗に感じており、その自己肯定感が本書執筆のモチベーションなのではないだろうか?

死刑問題に関しては明確な答えは存在しない。倫理的に考えれば、どのような者であっても救いの手は残しておくべきだし、現実的に考えれば、反省を一切しないのであれば、早く殺した方が税金はかからない。私は今は倫理的に考えられる状況にいるが、著者と同じ立場になった時に、果たしてその考えを貫き通せるだろうか。