利休

勅使河原宏監督の89年の映画「利休」を見る。NHKドキュメンタリーのような正統な映画で、日本の美意識の素晴らしさ、茶道の相手をもてなす精神が心地良い。

たとえば映画の冒頭では、朝霧の中、利休が秀吉の訪問の準備をしている。訪問といってもかしこまったものではなく、軽く茶を一杯立てる感じの。

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アサガオの花を一輪茶室に飾るが、それを際だたせるために、庭のアサガオの花を全て詰む。秀吉はその気遣いに気付くが、気付かなかったらアウトだなぁとは思いました。

秀吉は利休が大のお気に入りなんだけど、ちょっとした行き違いが秀吉の被害妄想ループにより反復。裏切り者として全てを剥奪され所払いを受ける。

しかし利休は中身のある人間だし有力な知人も多い。秀吉の側近が仲直りをさせるため「謝ってきたら許してあげてと」と秀吉に申し立て、利休へ手紙が出される。その返信に侘びの一言があれば元の地位へ戻れるという意味を持つものだ。

衣装デザインは85年「乱」と同じくワダ・エミ

返信はどうするかと妻に問われ、利休は気遣いに感謝するのみで謝る必要はないと言う。意地を張る訳ではない。一度頭を下げてしまうと歩く度に這いつくばって歩くようになるからだと。利休の妻は「詫びの言葉など生きていく上のただの方便」と、詫びないのは自殺行為だとすがる。私達と秀吉のどちらが大事なのだと。

男女の違いか、古今永遠のテーマだなと感じました。

山崎努と三國連太郎の緊張感ある演技

 

 

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